エスターハージー公爵家の料理

オーストリア名門貴族の食卓
ハプスブルク王朝の忠臣だったことでも知られるエスターハージー(エステルハージ)公爵家のシェフを招いての、恵比寿ウエスティン・ホテルのレストランビクターズのフェア「エスターハージー・セレブレーション」にうかがってきました。
ハンガリーとの国境に近い、オーストリア東部のアイゼンシュタットに邸宅(エスターハージー城)を構えるエスターハージー家は、ハンガリー王国出身で、17世紀からハプスブルク帝国に仕え、オーストリア=ハンガリー帝国末まで最大の大地主だったそうです。クラシック音楽好きな方なら、楽聖ハイドンのパトロンとしてご存知かもしれません。
また、1933年の映画「未完成交響曲」では、シューベルトと身分違いの恋に落ちる女性がエスターハージー家の令嬢でした(これは史実に基づいているそうです)。
さて、ハプスブルク王朝がなぜ600年以上もヨーロッパに君臨することができたか。関田淳子さんの著「ハプスブルク家の食卓」(集英社)によると、理由として、政略結婚と、領地となった多民族の影響を受けながら、栄養に気遣った豊かな食生活があったからでは、と述べられています(たとえば女帝マリア・テレジアは、16人の健康な子供を出産しました)。アイゼンシュタット地方にはぶどう畑が広がり、ハイドンの給料の一部もワインで支払われたほどだそうですから、エスターハージー家のワインがハプスブルグ家の華麗な食卓を彩ったことも想像に難くありません。
毎度ながら?前ふりが長くなりました。そんなわけで、エスターハージー家の料理とワインに、ハプスブルク帝国の面影を重ねてワクワクしながらテーブルにつきました。
上写真は、メインの「旬の魚のラグー パプリカとフレッシュチーズパスタ」。パプリカ風味がハンガリー出身のエスターハージー家らしさでしょうか(といっても、辛味は非常にマイルドなのですが)。魚は、中央ヨーロッパでキリスト教の精進日に鯉とともによく食べる川魚の鱒。チーズをからめたパスタは、アルプス地方でポピュラーなシュペッツェレ風で、見た目はフレンチっぽいですが、何気に地方色がうかがえる興味深いものでした。


キャベツといろいろな野菜のパイ包み焼きと、エスターハージー風クリームスープ。スープにはクヌーデル(イタリアでいうニョッキ)入り。塩味のきいた酸味も、いかにもオーストリア料理らしい。


もうひとつのメイン料理グヤーシュ。代表的なハンガリー料理。もっと田舎料理っぽい印象があったが、こんな上品なグヤーシュ、初めて見た(笑)。グヤーシュの味付けに欠かせないパプリカは、ハンガリーを攻めたオスマン・トルコ軍の置き土産だといわれているが、ハンガリーにはそれ以前からパプリカなしのグヤーシュがあったそうだ。
右写真はイニシャル入りのデザート「ミルフィーユ フレッシュフルーツ添え」。ミルフィーユはもともとフランス生まれのお菓子。政略結婚でブルゴーニュ公国を手に入れ、フランスのブルボン家とは犬猿の仲だったハプスブルク家だが、食に関してはスタイルともどもフランスの影響を強く受けている(しかしヨーロッパの王朝は攻勢が複雑で、ハプスブルク家出身のマリー・アントワネットは、後に政略結婚でフランス王のもとに嫁いだ)。


左写真はコーヒーとミニャルディーのお菓子。三日月形の方はウィーン名物、バニラ風味のキプフェル。オーストリアにはクロワッサンをはじめ三日月のお菓子やパンが多いのだが、三日月は、かつて何度も攻め入られそうになったオスマン・トルコの旗印。敵を食べてしまえという発想から生まれたのだという。チョコレートの方は、ちょっとザッハートルテの味を思い出した。ちなみに先の「ハプスブルク家の食卓」によると、考案者であるフランツ・ザッハーも、エスターハージー家に仕えていたことがあるそうだ。
右写真はエスターハージー家のワイン目録。シャルドネやピノノワールといったクラシックなものから、オーストリアの地ぶどうを使ったものまで各種。ご本家だけに、料理とのマッチングはさすが。ワインは日本でも購入できる。
ランチでしたので、今回体験できたのは、エスターハージー家の食卓のほんのさわり程度なのだと思いますが、ハプスブルク王朝の華やかな歴史を想像し、ウィーン会議を描いた昔の映画「会議は踊る」でも観直してみたくなりました。

e-food.jp代表、郷土料理研究家、コラムニスト。主な著書:『見て、読んで楽しむ 世界の料理365日』(自由国民社 2024)、図鑑NEOまどあけずかん『せかいのりょうり』監修(小学館 2021)、(誠文堂新光社 2020)、『しらべよう!世界の料理』全7巻(図書館選定図書・ポプラ社 2017)。
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