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三輪そうめん|奈良県・三輪 (桜井市)

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そうめん発祥地で「にゅうめん」を

紀元前3世紀以前の縄文・弥生時代までさかのぼる日本最古の神社のひとつで、近年はエネルギーの集まるパワースポットともいわれるようになった奈良県桜井市の大神(おおみわ)神社。神社の周辺は、酢飯と魚を柿の葉で包んだ柿の葉寿司とともに奈良県から農水省の日本の郷土料理百選に選ばれている三輪そうめんのお膝元です。

以前、シルクロードの麺料理を訪ねる旅で奈良を取材したことがあるのですが、在来線電車の本数の少ない三輪へは時間の関係で行くことができず、今回、念願の訪問がかないました。

そうめんといえば、東日本の関東地方出身の私などにとっては、夏限定の冷やして食べる麺というイメージで、また「ひやむぎ」とごっちゃにしているところがあって、特に思い入れのある食べ物ではなかったのですが、前回の関西取材で、奈良の人の間では、1年中食べるほどそうめんが愛されていることを初めて知りました。

そもそも、お恥ずかしながら、そうめんを温かいつゆで食べる冬向けの「にゅうめん(煮麺)」(上写真)の存在を、その時まで知りませんで…。近畿地方の方が当たり前のように食べているので(にゅうめんの発祥は奈良ともいわれています)、「そうめんに、こんな食べ方があったとはー」と、最初はちょっと衝撃的でした(笑)。

そして、熟成させた(2年熟成を”古物=ひねもの”、3年熟成を”大古物=おおひねもの”といいます)コシのある手延べ三輪そうめんのおいしさと奥深さに目覚め、さらに、そうめんが中国、中東(メソポタミア文明の栄えたイラク周辺は、麺の原料である小麦栽培の発祥地です)、イタリアに続くシルクロードと深い関わりがあることを知って、がぜん興味がわき、ぜひそうめんの発祥地である三輪を訪ねてみたい!と思っていたのです。

大神神社の周辺に点在する三輪そうめんの店

というわけで、奈良駅からJR桜井線(万葉まほろば線)にゆられて約30分。行ってきました、三輪の町。山そのものがご神体という古代の神秘を感じる三輪山のふもと、のどかな田園に囲まれた神社の参道や近くの国道169号線沿いを歩くと、数多くの三輪そうめんメーカーの直販店や、そうめんを食べさせるお店が点在していました。大鳥居そばの「三輪そうめんの町」の看板に感激し、思わずカメラでパチリ。

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数ある三輪そうめん店の中から、今回は、そうめんの資料を集めた「麺ゆう館」を有する、三輪そうめんの一大メーカー「三輪そうめん 山本」さんの本社を訪問。こちらの会社は関東地方でもCMが流れていて、昔からよく知っていました。ちょうどお中元のシーズンで、販売コーナーの入り口に、さまざまな種類の段ボールくらいの大きさの木箱入り三輪そうめんがうず高く積まれていたのが印象的。おー、さすがそうめんの本場!

建物内には、そうめんを食べさせてくれるお食事処の三輪茶屋があり、さっそく、本場の「にゅうめん」を注文して腹ごしらえしました(上写真)。柿の葉寿司やくず餅がついて1000円~。夏場は冷たい麺にすることもできるそうですが、やはり、ここは奈良の郷土食である、にゅうめんを。

そうめんの麺は細いほど高級だといわれるそうですが、こちらの食事処でも、フラッグシップ商品のひとつである極細麺を使用し、そうめんの絶妙なゆで加減がすばらしい。削りかつおをベースにしたつゆ(水orお湯で希釈して使用)や、山椒、ごま、とうがらしなどをブレンドした薬味も、麺の風味が引き立つように吟味されていていました。これらももちろん、売店で購入することが可能です。もちろん、私もいろいろ買ってみました。つゆの方は、どんこ(干ししいたけ)や干しえびからだし取るのもポピュラーだそうです。店の味をお手本にして、自分でも作ってみようと思います。

食事の後は、建物の裏手にある「麺ゆう館」へ。日本全国のそうめんや、奈良の貴族の食事、シルクロードの麺料理マップなどが展示され、なかなか勉強になります。一目瞭然でわかりやすいシルクロードの麺料理マップでは、中国の拉麺や朝鮮半島の冷麺、ウイグル・中央アジアのラグマンあたりはよく存じ上げていましたが、ヒマラヤ山脈の国ブータンの麺料理”ブッタ”は初耳で、ちょっと探して食べてみたくなりました(笑)。奈良の貴族の食事は、以前、食べたことのある平城京の宮廷料理をもとにした、奈良パークホテルの「天平の宴」の献立をほうふつとさせます。

三輪そうめんの起源と歴史

ところでなぜ、三輪の地でそうめんが作られるようになったのか。先の山本さんのホームページによると、やはり大神神社が関係しているようで、「(奈良時代末期の)794年、大神神社の大神主・穀主が大和地方の飢饉のさい、保存食として小麦をひいて棒状に練り、乾燥させた縄状のものをつくったという」とあります※。また、「医薬・食物・酒の神としてまつられている祭神の大物主神が、この地に小麦の種をまいた」という伝説も伝わっています。

もともと奈良時代の平城京に中国から仏教とともに伝わった唐菓子の索餅(麦縄)の製法が、そうめんのルーツだといわれています。鎌倉時代に中国から禅宗が伝来した時に、油をつけて麺を延ばす製法も伝わり、また挽き臼が入ってきたことで製粉技術が進み、麺を細く長くすることができるようになりました。そうめんの名前の由来は、中国語の素麺(=スーミェヌ。”精進物”の意味)が訛ったものだといわれています。

いずれにせよ、平城京に近い三輪地方の小麦栽培に適した肥沃な土地と、冬の寒く晴れの日が多い乾燥した気候、良質の水がそろった好条件が、そうめん文化の花開いたゆえんなのでしょう。

三輪そうめんが全国的に有名になったのは、お伊勢参りが盛んになった江戸時代の頃。三輪が宿場町(大神神社の門前町)として栄え、全国に伝わって以来だといいます。宝暦4年(1754年)に平瀬徹斉著、長谷川光信挿画により刊行された、現在でいう全国グルメガイド本『日本山海名物図会』には、

「大和三輪素麺、名物なり。細きこと糸のごとく、白きこと雪のごとし。ゆでてふとらず余国のより出るそうめんの及ぶ所にあらず」

と称され、かなり抜きん出た名物だったよう。「山本」を含め、今、三輪にある老舗のそうめん店も、創業は江戸時代です。このお伊勢参りを通じて、そうめんの製法が全国に広まりました。

ちなみに「そうめん」と「ひやむぎ」との違いは、農水省の日本農林規格(JAS規格)によると、


イ 手延べ干しめん以外の干しめんにあっては「干しめん」と記載すること。ただし、長径を1.7mm以上に成形したものにあっては「干しうどん」又は「うどん」と、長径を1.3mm以上1.7mm未満に成形したものにあっては「干しひやむぎ」、「ひやむぎ」又は「細うどん」と、長径を1.3mm未満に成形したものにあっては「干しそうめん」又は「そうめん」と、幅を4.5mm以上とし、かつ、厚さを2.0mm未満の帯状に成形したものにあっては「干しひらめん」、「ひらめん」、「きしめん」又は「ひもかわ」と、かんすいを使用したものにあっては「干し中華めん」又は「中華めん」と記載することができる。


とあり、現在は、麺の直径の細さで規定されています。麺の細い方がそうめん、と覚えておけばよいでしょう。製造過程で油を使うのがそうめん、という意見もあります。また、フランスのAOCのような国による厳格な産地規定はないですが、地元の協同組合により、厳密にはたとえ三輪のそうめんメーカーが発売している商品であっても、三輪地方で生産されたそうめん以外は三輪そうめんを名乗ってはいけないことになっているようです。

ところが実際は、三輪そうめんがあまりにも有名なために供給量が需要に追いつかず、三輪のそうめんメーカーが、長崎・島原産等のそうめんを販売しているケースもあるとのこと。ですので、本物の三輪産のそうめんにこだわる方は、商品パッケージの表示をよく確かめて購入することをおすすめします。

三輪そうめんの町の歩き方

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三輪の町は、有名な大神神社はあるけれど、古墳などが点在する郊外の田園地帯なだけに、春日大社などの周辺に比べると、人通りの少ないのんびりとした雰囲気です。「三輪そうめん 山本」の本社へは、奈良から行くと三輪駅のひとつ手前、巻向(まきむく)駅で下車して徒歩10-15分程度。車を使うと便利ですが、三輪そうめんの店が道なりに集まり、まさに「そうめんロード」然としている、のんびりした国道169号線の桜井線沿いの道を三輪駅まで向かわれるのも、おもしろいと思います。山本本社から三輪駅までは徒歩20分程度。大きな鳥居が目的地の目印。

歩くのが苦でしたら、三輪駅周辺でそうめんを食べることも、もちろん可能。大神神社の参道へは、三輪駅から徒歩5分程度と近く、周辺には池利三輪素麺さんの経営する千寿亭など、他の有名な三輪そうめん店もあります。

1300年の歴史を誇る奈良に思いをはせながら、いにしえの三輪そうめんを訪ねる旅をなさってみてはいかがでしょうか。

そうめんの町・三輪の地図 Map of Miwa

大きな地図で見る

※この説には異論もあるようです。詳しくは、日本最古の麺 奈良をご覧ください。

-Summary of the text in English-

Miwa Somen | Miwa (Sakurai city), Nara Prefecture

[Journey of Japanese cuisine, local food of Kinki] August 21, 2013

Nyumen in the home of Somen

Omiwa Shrine in Sakurai city of Nara pref is one of the oldest shrines in Japan dating back to the Jomon-Yayoi period from 3rd century BC, also known as a power spot gathering of energy in recent years. Around the shrine is the home territory of Miwa Somen -a kind of thin noodle- that is selected in one of One Hundred Local Cuisine of the Ministry of Agriculture, same as Kakinoha Sushi (sushi wrapped in persimmon leaves) from Nara .

I had a trip to Nara before but cound not visit Miwa because of very few train to get there. But in this time, finally my dream’s come true.

As for me, born in the Kanto region of the eastside of Japan, Somen was just cold noodle for summer only and had no any special contemplation about it. But I realized people loves Somen very much especially in Nara in the previous Kansai trip.

First of all, actually I didn’t know about Nyumen -boiled soup Somen for winter season- at all. And I knew the taste of aged miwa Somen for three years is very nice, furthermore I knew and was interested in a deep connection with Somen and the Silk Road followed by China, the Middle East (Iraq around flourished in Mesopotamia civilization, is the birthplace of wheat cultivation which is the raw material of noodles) or Italy. That’s why I wanted to visit Miwa by all means.

All in all, I went to Miwa by JR Sakurai line (Manyo Mahoroba line), about 30 minutes from Nara station. Walking the national highway 169 line along and near approach of the shrine is surrounded by the foothills of the Miwa feel the mystery of the ancient mountain itself that the object of worship, in idyllic countryside, and outlets of Miwa Somen numerous manufacturers, eat noodles shops to be had scattered. I thrilled to sign the “town of Miwa Somen” near Shrine.

I visited to main office of “Miwa Somen Yamamoto” this time. They have not only shop & restaurant but little museum about Somen named “Menyukan”.

Impressive season of midyear, just at the entrance of the sales corner, wooden box Miwa Somen-sized cardboard of various types’s were piled high. Oh, home of somen indeed!

In the building, there is “Miwa Chaya”, a eating facility letting you eat noodles. I ordered genuine Nyumen of Miwa Somen immediately. The price was from ¥ 1,000 set with arrowroot cake and a couple of Kakinoha Sushi.

Somen noodles is said to be fine as fine, and in the place, you can eat the extra fine noodles that one of the flagship products of Yamamoto’s. Soup and spice blend of based on Japanese pepper, sesame seeds or red pepper etc. are also excellent. You can buy them in their shop and I also bought of course!

After the meal, I went to “Menyukan”. And noodles in Japan, diet noble of Nara, such as noodles map of the Silk Road is on display, you will study. The noodles map of the Silk Road that is easy to understand in clear. I knew about cold noodles of the Korean Peninsula, Ramen of China or Laghman around the Uighur and Central Asia, but never heard about the noodles named “Buddha” of Bhutan. I wanted to try it (laughs). The court cuisine of Heijokyo of ancient Nara is served at Nara Park Hotel still now.

By the way why somen came to be made in the land of Miwa? According to the website of Yamamoto’s, Omiwa Shrine is seems to be involved in 794 years (at the Nara period’s end) when the famine of the Yamato region, large Shinto priest of Omiwa Shrine made wheat as preserved food. They say recipe of Somen came from Tang sweets introduced with Buddhism from China to Heijokyo of Nara. Sakubei (Muginawa) is a roots of Somen. The fertile land of Miwa region suitable for wheat cultivation. There was also close to Heijokyo , dry climate of winter, favorable conditions that it kept the water of good quality, probably a reason that blossomed in Somen culture.

When Miwa Somen became famous nationally? It was the time of the Edo period tail Ise Shrine has become popular. Miwa prospered as (temple town of Omiwab Shrine) post town, and says that it is since transmitted to the whole country. Including “Yamamoto”, now, Somen store well-established in the Miwa is also founded the Edo period.

Although the town of Miwa had famous Omiwa Shrine, it is a rural area on the outskirts, compared to peripheral such as Kasuga Taisha Shrine, is its laid-back atmosphere less crowded. To get to the headquarters of “Miwa Somen Yamamoto” you can use Makimuku Station next to Miwa station. It takes 10-15 minutes for walk. And to walk from there to Miwa Shrine it takes about 20 minutes. It’s easy if you drive a car, but you could be enjoy Somen Trail by walk along with calm and small 169 national highway line.

There are other somen shops and restaurants around Miwa Shrine, too. It’s 5 minutes or so for walk from Miwa station. If you don’t want to walk, you can choice those shops.

Please enjoy the travel thinking about a ancient noodle and Nara proud of the history of 1300 years.