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世界一周旅行記(1998年)5 チリ編

サンチャゴ~到着

テルアビブでの厳しい荷物検査を終えて、ルフトハンザ航空にてフランクフルト経由で南米チリのサンチアゴへ渡りました。

その飛行時間の長さゆえ、これまでの旅行経験の中でもワースト1、2を争うかと思うほど疲労のひどい旅になりました。テルアビブからフランクフルトまで約4時間、フランクでの乗り継ぎ時間が約2時間、そのあと経由地のブエノスアイレスまで12時間(?)、そこからサンチャゴまで1時間半ほど。おまけにブエノスでは霧のため出発が2時間以上遅れたのでした。楽しみはホントに機内食だけという状態。しかもタダの航空券だからマイルもつかない。こりゃ修行じゃなくて苦行だわね。

さて、到着したサンチャゴは私にとって初めての南半球、初めての南米でした。折しも季節は秋。もわっとした排気ガスやら旧式の市営バスやら古めかしい街並みやらが、何だか(言葉は悪いが)地の果て的な物憂いムードをかりたてます。30年前のヨーロッパって感じでしょうか。思っていたイメージにぴったりで、「いいゾ、いいゾ」と思わずにやにやしてしまったのでした。でも、黒髪で目のぱっちりした私好みの美男、それに美女が多いし、みんな性格がいい。

東洋人はほとんど見かけなかったけど、通りすがりに「チノ、チノ(東洋系はすべて中国人というもの知らずな発想でばかにしていうらしい)」などとのたまう失礼な輩も皆無で、街歩きは快適にできます(インディオの血を引いている浅黒い肌の人はいるので目立たないのかもしれません)。物価も安いし、治安も南米の中ではかなりよいようです。後で聞いたら、チリ人は昔から、文盲率も低く、南米では屈指の知的な国なのだとか。後で思ったのは、この街の何ともいえぬ哀愁は、ピノチェト独裁政権の暗い歴史がまだ尾を引いているからなのかなということでした。

サンチャゴ~”コンチャ・イ・トロ”のワイナリー見学

しかし、サンチャゴというのは、まるで観光ポイントのない街でもあります。観光バスもないし、ヒストリック・ポイントをめぐる散歩道もない。思うにここは、イースター島やパタゴニアに向かう旅人の中継地で、みんな1日や2日で通過してしまうのでしょう。

そんな中でおもしろかったのは、ワイナリー見学と生鮮市場でした。サンチャゴ周辺は、値段の安さと質の高さで世界的に評判のチリ・ワインの産地で、ワイナリーもたくさんあります。中でも見学客を多く受け入れているので有名なのは、Maipoというところにあるコンチャ・イ・トロ(Concya Y Toro 。日本ではメルシャンが輸入しています)というメーカーのワイナリー。

旅行会社で出しているツアーはプライベート・カーのみでUS75ドルもしますが、公営の地下鉄とバスを乗り次いで自力でも行けます(市内中心から所要2時間弱) 。これだと往復500円そこそこですむし、地元の人にまぎれて超旧式な珍しいぽんこつバスに乗れる絶好の機会(?)でもあります。ワイナリーの目の前にバス停があって、事前に運転手さんに告げておけば教えてくれます。

で、見学の方は、スペイン語と英語のみで事前に予約が必要です。私はユースホステルでたまたま知り合った、日本にいたことがあるというオーストラリア人&南アフリカ人のカップルをナンパして(^^;)、英語の手続きをみなやってもらい、ワイナリー内で簡単に日本語で通訳もしてもらったのでした。道中も何かずっと笑いっぱなしで、楽しい思い出ができました。

見学の手順は日本のワイナリーとほぼ同じです。最初にヨイショっぽいビデオを見せられて、それから貯蔵庫などを回ります(所要1時間。もちろん無料) 。Concha Y Toroのワインの輸出先の一番はアメリカ、二番目が日本というのは驚きでした。樽はフランス製とアメリカ製のオークの2 種類があって、フランス製の方がワインの香りがよくなる(=高いワインに使っている?)とか、コルクはシリコンを使っているとか、地下のワイン倉庫は19世紀にできたもので、たび重なる大地震にも耐えてきたとか、そんな説明をしてもらいました。そして最後に試飲ができるのですが、1杯につきUS1ドル(これはがめつい)で、3人で3種類頼んで回し飲みにしました。

Concha Y Toroのワイナリーは国内に何カ所もあるようですが、ここはサンチャゴから行きやすく、頂上に雪をかぶったアンデス山脈の美しい山並みが間近にうかがえ、空気もきれいなすばらしい環境でした(信州に景色が似ていると思った)。敷地内には創設者の家があり、がちょうが泳ぐ池や馬が放たれた放牧場、それにぶどう畑もあります。

サンチャゴ~ 生鮮市場(メルカド・セントラル)

南米では食べ物に期待しちゃいけないと思っていたけれど、チリはシーフード好きにはたまらないところしょう。食事に困ったりすることはありませんでした。サンチャゴ市内のメルカド・セントラルは、築地の魚市場なんかを思い出させる雰囲気。市場内に小さな店舗が競合していて、日本語で「ウニ、ウニ」と熱心に客引きしてくる。えびとかかにとか、主な海鮮類の日本語はみーんな知ってるんですね。びっくり。

直径15センチほどのうにをそのまま売っていたので、試しに買ってみました。1こ600ペソ(約300円)で、日本のうにより味はおちるけど、新鮮でまあまあおいしい。その場で割ってくれ、レモンもつけてくれました。しょうゆがあればもっとおいしいだろうなあなどとちょっと後悔。

市場の中にはシーフードを食べさせる小さな食堂もたくさんあります。こちらの客引きも熱心で、交渉によっては割引してくれたり、店によってはワインをサービスしてくれたりします。料理の値段が張り出されていて、チップもいらない明朗会計。具のたくさん入ったソパデマリスコス(海鮮スープ)が約500円と、値段も安くてうれしくなります。

サンチャゴ~サンチャゴのホテル

サンチャゴには計2泊しましたが、初日は”地球の歩き方”(役立たずだった)に載っていた、ホテル・トウキョウというところにしました。ここはLonely Planetにも載っているようです。空港バスの発着所から便利です。日本人と旦那さんとチリ人の奥さんが経営している宿で、US35ドルでバス、トイレ、朝食付きと、まあまあの値段の宿ですが、日本人旅行者の溜まり場というわけではないようです。甲高い日本語でしゃべる(?)奥さんのモニカさんはけっこう年配でちょっとびっくり。親切だと思うけど、少しビジネスライクな気もしました。なので情報交換はあまりアテにしない方がいいみたいです。

お客はほかにいなかったけど、お手伝いさんはたくさんいるみたい。ここは、もともとホテル・ハポンという名前で、市内にあるホテル・ニッポン(ここはビジネス・ホテル風)から苦情があって変えたようです。モニカさんは「あっちは庭もないし、暗いし、値段も高い」と文句をいっていたからきっとわだかまりがあるんでしょう。部屋は、古くて薄暗い本館よりも、庭に面した離れの新築の1階の部屋が快適だと思います。朝食は穴のあいた丸いパンとジュースと紅茶という簡単なものでした。

もう1泊は、ホテル・トウキョウの割と近くにあるユースホステルに泊まってみました。こちらはUS10ドル。建物は新しくてきれいだし、カフェテリアなども充実しているし、セキュリティもしっかりしているけど、何と荷物を預かってくれないし、部屋以外にロッカーがないので不便でした。あとシャワーが少なくとても狭いこと、受付のオヤジに愛想がないのが難点でした。これさえ解決すればすばらしいホステルだと思うんですが。。。

ラ・セレナ~あっぱれ日本人移民のおじいちゃん

チリには鉄道がほとんどないのでバスのルートが発達しています。実にたくさんの会社が競合していて、特にオフシーズンはけっこう割引をしているようです。ファースト・クラスのバスがあったり、毛布がついていたり、簡単な朝食(ジュースとクッキー) を到着時にくれたりと、サービスも良好です。それに3人以上も乗務員がいて、治安も全然問題ないようです(ただしあんまり安いバスは気をつけた方がよいとか)。バスターミナルに行って、切符売り場で同じ行き先の、時間帯のよい安くてよさそうな会社を選びます。

ラ・セレナは、サンチャゴからバスで7 時間。短い滞在期間に夜行バスで行けるちょうどよい距離で、ピスコワインの工場があって、珍しいパパイヤの品種の産地で、何となく名前の響きがいいのに惹かれて行ってみることにしました(^^;)。

ラ・セレナは、街外れに小さなバス・ターミナルがあり、小さな市内には教会や広場やメルカド(市場)などがある、何の変哲もない小さな街です(でも、世界的な観光地よりも、あまり観光客のいない平凡な街の方が何だかおもしろいと思う今日このごろ。。。)。

この街には「心の庭」という、立派な日本庭園がありました。ここは実は、世界でも5本の指に入るほど本格的な海外の日本庭園だそうで、あずまやとか赤い橋とかススキ風の草が再現されていました。日本びいきの地元の鉱山会社社長が作ったそうで、地元の若者のデートコースとなっているようでした。

たまたま入ったこの庭園で、庭師のチリ人のおにいちゃんがいきなり「どちらからお越しでらっしゃいますか」と、実に美しい日本語で話しかけてきたのでした。おどろいていろいろ聞くと、日本語は、街で唯一の日本人から習ったのだとか。で、電話でその人を呼び出してくれることになりました。

その方は、昭和4年に移民としてチリにやってきたという亀井さんという88歳のおじいちゃん。コートに帽子をきっちりかぶった身なりのよい方でした。チリ人女性と結婚して、以来日本語を話す機会がなかったにもかかわらず、今でも覚えていらっしゃるとか。で、話が弾んで、その方の家に招かれることになりました。2人のお子さんも独立し、奥さんに先立たれて、現在は高齢にもかかわらずお元気で、悠々自適に一人暮らしをされているそうです。お茶やケーキや台湾料理までごちそうしていただき、バス停まで見送りしてくださったり、大変親切にしていただきました。

おうちでは、日本人移民の興味深い話をいろいろうかがいました。故郷の山口から横浜港から55日間、移民用の3等客船に揺られてチリに到着した話。一緒に乗り組んだ仲間から床屋の技術を習って開業した話(チリの日本人移民は個人でやってきた人ばかりで、床屋さんか写真屋さんが多いのだとか)。息子さんもお嬢さんも学校の成績が優秀で、息子さんは医者になった話。1985年に初めて日本に里帰りしたときの浦島太郎のような驚き…。

チリの田舎町では日本の情報もほとんど入ってくることがなく、終戦も美空ひばりも話しか知らなかったというのは不思議な感じでした。実にたくさんの写真を見せていただきましたが、貧しい中からまじめに働いて立派な地位を築いたある人の一生をうかがう機会を得たのは、何だか感動的でもありました。

→亀井さんより、ラ・セレナに来られることがあったらぜひ訪ねてください、とのことでした。

ラ・セレナ~メルカドとピスコ・ワイン工場見学

ラ・セレナのメルカドはあまり大きくないけれど、珍しいパパイヤやその加工品、ラピスラズリという鉱石のアクセサリーや民芸品などが売られていました。パパイヤは形が小さいだけで食べても大しておいしくなかったけど、ミエル・デ・パパイヤというエキスは牛乳で薄めるとおいしく飲めました。2階にはシーフード・レストランがありましたが、ここは旅行者に対してぼったくりの店がほとんどで行かない方がよい、とあとで注意を受けました(おすすめ、という地球の歩き方の記事を真に受けてぼられてしまいました(;_;)。今回は行きませんでしたが、ラ・セレナは海からも近く、海岸には良心的なシーフード・レストランがあるそうです。

メルカドから目と鼻の先には、Pisco Control社のピスコ・ワイン(焼酎のような、白いぶどうの蒸留酒)の工場があり、受付に申し出れば見学できます。スペイン語しか通じないのが難点ですが、見ていればだいたいわかります。写真撮影もオッケーです。何か町工場のような古めかしさがおもしろかったのですが、何と日本にも輸出しているとか。La Serenaというラベルが張ってあります。現地で買うと700ml瓶が1本300円程度です。試しに飲んでみましたが、これは悪酔いしますね。レモンをしぼるとおいしいようです。

そのほかチリのこと

●チリの食事には牛肉料理(といえるのか? ただのステーキ)もあるけれど、堅くてまずいです。付け合わせもフライドポテトにタマネギにケチャップ味と悲惨なものでした。あとは煮物料理(パステル・デ・チョクロ)とかもあるようですが、あんまりおいしそうには見えませんでした。恵比寿にあるチリ料理屋もメニューはシーフードだったような…。(ちなみに、ここはもうつぶれました)。

●サンチャゴにRestauranto Japonという古くからある日本料理屋があって思わず入ってしまったけど、こういうところは自費で(^^;)入るのはやめた方がいいですね。量も少なく味もいまいち、値段も高かったです。

●旅行記の中にも書きましたが、「地球の歩き方」はチリではほとんど役に立ちませんでした(特に地図)。Lonely Planetがいいです。

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郷土料理を訪ねる旅