シリアのワイン


今回はアラブ・中東のワイン事情をお話ししたいと思います。

まず、アラブ世界をはじめとするイスラム圏に関して宗教的に禁酒ではないかと思われる方も多くいると思いますが、最初に誤解をといておきたいと思います。

イスラム教の聖典である「聖クルアーン(コーラン)」には飲酒を明確に禁止する文言は書かれていないのです。ただ飲酒による罪悪を記した箇所として「酒、賭矢、偶像、矢占いは、どれもサタンの業なので避けよ」(第五章)や「酒と賭矢は大きな罪悪であるが、利益にもなる。だが、罪悪の方が利益より大きい」(第二章)等があり、クルアーンにおいてアラーの神はただ酒を避けろと諭しているだけなのです。またクルアーンの他の箇所では天国の記述において「最高級の天国には飲み放題のワインの流れる川があり、悪酔しない」という表現もあり(第五十六章:ただしアラビア語直訳では「ワイン」とは記されておらず他の解釈も存在する)決して全否定されるような対象でないことがわかるでしょう。

また中近東にはイスラム教徒がクルアーンにおいて啓典の民として認めているユダヤ教徒、キリスト教徒、サービア教徒(現在ではイラク南部に住むマンダ教徒のことと思われている。イスラム成立当初ではグノーシス主義的キリスト教徒を差したと思われている。)が点在しており、イスラムは彼らに寛容で宗教の自由や民族的慣習の保持が制限付きではありますが認められていました。もともとビールやワインの発祥の地といわれるメソポタミアを含み、コーカサスに隣接した地域であった中近東地域は、そういった環境のもとで独自の酒文化が地域によってではありますが残っていったのです。

またイスラム教徒自身も前述のような厳格でない規定により宗派、地域により飲酒の習慣はあり、特に9世紀頃バクダード等を舞台にした「アラビアンナイト」、11世紀ペルシャの詩人オマル・ハイヤームの「ルバーイヤート」にはワインを讃える箇所がみられ、8~9世紀のアッバース朝の時代に活躍した詩人アブー・ヌワースは「アラブ飲酒特選」等の著書で飲酒は現世における最大の快楽であると記し、酔いのもたらす様々な効果をユーモアに富んだ表現で詩を詠んでいました。

現代のイスラム圏においては厳格なイスラムを求めるスンニ派内のワッハーブ派を掲げるサウジアラビアを始めとしてクウェート、リビア等のアラブ諸国では法的に飲酒を禁じており、またシーア派の12イマーム派を国教とするイランでも飲酒が認められておりません。ただ、それ以外のイラク、シリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナのアジア側アラブ諸国、リビアを除く北アフリカのエジプトやマグレブ諸国では自国でワインを生産しており、最近では湾岸諸国では外国からのリゾート客やビジネス客をターゲットにしてワインをはじめとした酒類を輸入し、限られた場所(ホテル内や外国人向けのレストラン等)で非イスラム教徒であれば飲酒ができるようになっています。また現在アラブ世界で生産されているワインは生産高・売上高の増加とともに品質も向上し続けており、まさに「ルネサンス期を迎えている」(AFP)と報じられている程です。ルネサンス諸国とされているのは主にレバノン、シリア、ヨルダン、エジプト、チュニジア、アルジェリア、モロッコ等の国で、これらの国々におけるワイン畑の総面積は8万ヘクタールで、130万ヘクトリットル(1億4600万ボトル)を生産しているとのことです。

日本でもレバノンをはじめとしてチュニジア、モロッコといった国のワインは多く目にするようになりましたが、今回はシェフのムハンナド・アルカイエム・モモ氏に敬意を表して、まだ日本に輸入された実績のないシリアのワインに関してみていきたいと思います。

シリアのワインというと以前は現地を旅して飲んだ人の評価は良くはありませんでした。「ぶどうジュースにアルコールを加えたみたい」というのはワインがまだ成熟してない国ではよく聞かれることですが、シリアにおいては旅行客を対象にした店ではワインは消費されず、管理状態がよくないものが提供されたことによるもので、一部の方のブログ等では美味しかったシリア・ワインとしてレバノン産のワインが紹介されていることもありました。

シリアではワインを飲むのは主にアラブ人であればキリスト教徒(主にシリア正教会、アッシリア東方教会、メルキタイ典礼派、マロン派等)やアルメニア人が中心で、アサド大統領親子が出身であるアラウィ-派やドルーズ派といったイスラム(イスラムの主流派からはイスラム教と認識されていない)も飲酒に関しては寛容と言われています。つまり観光客が行くレストランよりも都市の各々のコミュニティにある食堂や教会、家庭でないとワインに巡り会う機会がなかったともいえます。しかし前述のワイン産業の成長によってシリア・ワインも輸出を念頭にした良品が市場にでるようになってきました。

従来私たちが観光に訪れた時に目にできたものは「Al-Khayam Wine(赤)」や「Napole’on  (赤)」とう銘柄でしたが、輸出を念頭おいているとみられるワイナリーがアレッポを中心にしたCortas Wineryとラタキア地方が中心と思われるDomaine de Bargylusです。Cortas WineryはSt.Simeon, Mousseux D’orient, Dinan, Le Vermouth等の銘柄があり、白ではシャルドネ種をより豊かにしたような味わいといわれるSallti種等を中心に北部ではアレッポ、中部ではハマやホムス、南部のスワイダーやダマスカス等の畑で栽培しており、Mousseux BlancやMousseux Rose、Mousseux D’orientといったスパークリングワインは旅行誌でも美味しいと紹介されるに至っています。Domaine de BargylusではBargylus - Grand Vin de Syrieという銘柄でカベルネソーヴィニヨン、メルロー、シラー、ソーヴィニヨンブラン、シャルドネ等の品種のワインを生産しているようです。

シリアのワインはまだまだ未知の部分はありますが、歴史的にも文明の十字路にあたる国だけに今後が期待できるのではないでしょうか?早くシリアワインを日本で飲める日が来てほしいものです。


※この記事は、e-food.jpのメールマガジン「世界料理通信」2008年11月-2010年4月に連載されたコラムを加筆・訂正・更新したものです。


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