聖地パレスチナのワイン


今回のテーマは『聖地のワイン(wines in the Holy Land)』です。

聖地(the Holy Land)とはご存知のとおりユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3大宗教いわゆるアブラハムの宗教にとっての聖地、現在のパレスチナ、イスラエルを中心とする地域。ヘブライ語ではEretz HaKodesh、アラビア語ではal-Ar ul-Muqaddasahと呼ばれ、ワインのエチケットにthe Holy Landとうたっているワインは主にパレスチナ、イスラエル、ヨルダンの3ヶ国があります。今回はその中でアラブ圏のワインを取り上げ、生産量・ブランドともに多いイスラエルのワインは別の機会にお話ししたいと思います。

ここでちょっと余談ですが、この地域の農業生産物の産地を英文で記載された場合にイスラエル国の箇所にIslael -includes regions in Islaeli-occupied territoriesと記載されているものを見かけます。パレスチナ自治区(正確にはパレスチナ自治政府)はヨルダン川西岸地区(いわゆるWest Bank:ラビア語でa?-?iffa l-?arb?ya、ヘブライ語でHaGadah HaMa’aravit)とガザ地区(Gaza Strip:アラビア語でQita’ Ghazzah、ヘブライ語でRetzuat ‘Azza)の全域が領土という訳ではなく、実際はユダヤ人入植地や自治政府か管理していない地域はイスラエルの統治下にあるのです。Islaeli-occupied territoriesとはそういったヨルダン川西岸やガザのエリアであることを理解してこの特殊な地域のワインのことを見ていただけると、いろいろな事情が見えてくると思います。

それではまずパレスチナ自治政府が管理しているエリア内のワイン、いわゆるパレスチナ・ワインについて見ていきたいと思います。

パレスチナ自治区に住んでいる人々はアラブ民族を中心としたパレスチナ人で大多数がイスラム教徒ですが、東方正教会、カトリック教会等のキリスト教徒やサマリア人と呼ばれるユダヤ教系サマリア教徒(日常言葉はアラビア語)等多様な宗教や民族も居住しています。主にクリスチャンのアラブ人が生産しているパレスチナ・ワインのエチケットには基本的に『聖地 Holy Land』と生産地が記載されています。これは長らく自分たちの政府を持てずイスラエルの占領下にあったため『パレスチナ』と記載できなかったという歴史的理由もあります。

パレスチナで生産されるワインの多くは自分達の国名をエチケットに記載することもなく、多くは正教会やシリア教会の所有するぶどう畑で少量生産されそれぞれの教会で飲まれるにとどまっていました。しかし今回ご紹介するクレミザン修道院はベツレヘム市内でワインを販売し、パレスチナ国内やイスラエル領内のクリスチャン・アラブ・コミュニティや隣国ヨルダンの教会・修道院にワインを提供し、ドイツや英国にも販売店を持ち輸出にも力を入れていており、昨年末からは日本にも輸出されて購入できるようになりました。

クレミザン修道院はイエス・キリスト生誕の地ベツレヘム郊外にあるベイト・ジャラというクリスチャン・アラブの町の近くの丘に建っているカトリック教会・サレジオ会の修道院で、19世紀からワインの生産を始めています。このサレジオ会とは北イタリアの司祭ヨハネ・ボスコにより1859年に結成された修道会で、現在はローマに本部があります。そしてこのクレミザンワインは1885年にイタリアの修道士アントニオ・ベローニがビザンチン教会の跡地に修道院を設立すると共にワインの生産に着手し、1891年にサレジオ会に加わりこの地に留まるイタリア人聖職者によってワイン生の産・取引が活発になっていったのです。

1990年代には近代的設備の導入と共にカベルネソーヴィニヨン、メルロー、シャルドネ、エメラルド・リースリング等の国際的に評価されている品種の栽培を開始し、名実ともにパレスチナを代表するパレスチナ側が現在統制中の地域で唯一のワイナリーとなりました(ただし1967年の第三次中東戦争後の停戦ラインのパレスチナ側にもうひとつワインを造っているラトゥルンLatrounの修道院があります。この修道院はパレスチナ側の主張でも国際法的にもパレスチナ側ですが、1967年以降イスラエルが実効支配しています。

[※このラトゥルン修道院ワインは現在のクレミザンワインの輸入元であるSave The Oliveが日本に輸入しています。])

クレミザン修道院ワインの主要な銘柄は次のとおりで、このうち最初の4銘柄は現在日本で購入することができます。

・バラディ・アスマル(赤) Balady Asmar (バラディ・アスマル種、アリカンテ種)
・スター・オブ・ベツレヘム(赤) Star of Bethlehem (カベルネソーヴィニヨン種)
・カナ・オブ・ガリレー(白・赤)Cana of Galilee(赤:カリニャン種、白:ダブーキ種)
・メッサ(白・ミサ用ワイン)Messa (リースリング種)

また以下の銘柄はホームページ等には記載されていますが現在未輸入で、一部のものは現在生産中止、休止中のものもあるそうです。

シャルドネ (白)、ブランドブラン (白) [※輸入代理店よりこの二銘柄は今夏に向け輸入を計画中とのこと]、マルヴァシア (白)、エメラルド・リースリング(白)、メルロー01 (赤)、ヴェッキオ・ロッソ (赤)、コート・ド・クレミザン (赤)、ヴァン・ヌスー(赤)

※スパークリング・ワインの意のVin Mousseuxの間違いではなく銘柄名です。他にスパークリング・ワイン、ベルモットやシェリー等やブランデーも生産しています。

なお、ミサ用のワインが白ワインということで「キリストの血」の意味だから赤ワインではないのかと思われる方もいると思いますが、実はキリスト教会でミサに使われるワインは宗派によって異なります。カトリックでは白ワインを用い、プロテスタントでは赤ワインを用いる傾向にあるようです。また、このクレミザン・ワインはイスラエル国内にも代理店を持ち販売しており、以前クレミザン修道院の「ダビデの塔 DAVID’S TOWER」で (Migdal David)とヘブライ語で書かれたエチケットのものを飲んだことがありました。

[※この「ダビデの塔 DAVID’S TOWER」は前述の「バラディ・アスマル」と名称変更しています。]

このワインのぶどうは主にベツレヘム県のアル・ハデル地区(ベツレヘム市の西5km)で生産されています。この地区は正教会所有のぶどう畑も多く、9月にはKhader Grape Festivalというぶどう祭りが開かれます。残りは同じくベツレヘム県内の修道会の下にある町ベイト・ジャラ やヘブロン県周辺の他、イスラエル国内のエルサレム地区のベイト・シェメシュ(ここは以前ファラシャと呼ばれたエチオピア系ユダヤ人・ベタイスラエルBeta Israel やソビエト崩壊後の移民の町としても有名)のぶどうから生産されています。

このようなことから政治とは別に産業に関してはイスラエル・パレスチナ双方に入り込んでいて共存の関係ができているように見えますが、実態としてはもともとパレスチナの農地であったところが1967年の第三次中東戦争で二つに分けられ、修道院も農家も苦しむ状態が1967年以降常態化しているのといった状況です。イスラエル統治地域の畑からぶどうや資材を輸入したり外部に輸出するのにもしばしば問題が起こっています。

その上更に、現在このクレミザン修道院のワインは危機に立たされています。というのもイスラエルによるベツレヘムを取り囲む分離壁(イスラエルは塀 fenceと称している)の建設の影響により売上が激減しているのです。今回の日本への輸入開始はそういったことへの修道院に対しての協力という側面もあります。

この分離壁は修道会の南側にあるイスラエル入植地ハル・ギロを囲んでおり、第三次中東戦争でイスラエル管理下となった東エルサレムを含む大エルサレム区域に通じるように修道会の丘の上部を分離壁が通っているのです。現在修道院の主な建物はイスラエル管理下のエルサレム地区側にあり一部はパレスチナ自治政府管理側という状態で、ベイト・ジャラの斜面に広がるぶどう畑は壁に挟まれてしまうという状態になっています。ワインの輸出自体もイスラエル当局によってストップしていたこともあったようです。

クレミザン修道会のあるベイト・ジャラという地名はアラビア語で「草の絨毯」の意であり、修道会ができる以前はエルサレム郊外に至るまで緑多い田園風景が広がっていたとのことで、現在のイスラエル入植地のある場所もきっと穏やかな風が吹き抜ける場所だったに違いありません。難しい問題であることは分かっていますが、紛争以前のようにこの土地に住むユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が共に自然の恵みを分かちあえる日がくることを祈るばかりです。


※この記事は、e-food.jpのメールマガジン「世界料理通信」2008年11月-2010年4月に連載されたコラムを加筆・訂正・更新したものです。


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