ヨルダンのワイン


前回はパレスチナのワインについてご紹介してきましたが、引き続きアブラハムの宗教にとっての聖地(the Holy Land)のワインについてみていきます。今回はヨルダン・ハシミテ王国のワインをご紹介しましょう。

まずヨルダンのワインのお話をする前に、最近ネットで「ヨルダンワイン」を検索して気がついたのですが、ヨルダンワインについて間違った記述があったり、異なったワインを検索してしまったりするケースがあるので誤解を解いておきたいと思います。

「ヨルダンワイン」をパソコンで検索するとヨルダン・ハシミテ王国のワインとは異なる2つのワインの情報が出てきます。ひとつはワイナリーの名前に“Jordan”の名前がついているドイツ南西部ファルツ地方Phalzのバッサーマン・ヨルダン醸造所Weingut Geheimer Rat Dr. von Bassermann-Jordan。バッサーマン・ヨルダンは1775年に設立されファルツ地方では伝統ある生産者です。この地域では「ファルツの3B」(バッサーマン・ヨルダン、フォン・ブール、ビュルクリン・ヴォルフ)と呼ばれ高い評価を受けています。

そしてもうひとつは最近の自動翻訳の弊害と思われるものです。日本では入手困難と思われるヨルダンワインが何か所かの飲食店では飲めるかの如く記載されています。しかしよく読んでいくとあることに気がつくと思います。飲めるお店がデリやイスラエル料理店なのです。実はこれはイスラエルのワイン「ヤルデンYarden」のことを誤って「ヨルダンワインが飲める」と書かれているのです。この「ヤルデン」という銘柄はイスラエル北東に位置するゴラン高原の中央部の町カツリンにあるゴラン高原ワイナリーのブランド名で、確かにこの言葉はヘブライ語で「ヨルダン」を意味します。

例えば「ヨルダン川」はヘブライ語でNehar ha-Yarden 、アラビア語でNahr al-Urdunnと記載するので、言語や背景を理解せずに自働翻訳を使うとYarden Wineは「ヨルダンワイン」となってしまうのかもしれません。今後はヨルダン・ハシミテ王国のワインも輸入される可能性もありますし、現地を旅して飲んだ方や土産に持ってかえってきた人のブログ等では実際のヨルダンワインについて記載されていると思いますが、概ねイスラエル料理店で飲めるものは「ヤルデン」の誤訳と思われます。

さてそれでは本題に入りますが、ヨルダン・ハシミテ王国のワインは私の把握している限りでは2社の生産会社があります。特によく目にするのは首都アンマンの北方にあるザルカ県にあるイーグル醸造会社で、ここのワインでは「Mount Nebo」という銘柄が有名です。ネボ山Mount Neboとはマダバ県にある旧約聖書に登場するモーセの終焉の地で、イスラエルの民を率いてエジプトを出てきたモーセが約束の地カナンを目前の没した場所と言われており、その頂からは死海やヨルダン川西岸が望めます。

イーグル醸造会社の生産するワインにはその他に次のような銘柄があります。

・ Jordan Valley(ヨルダン渓谷)
・ Mount Nebo(ネボ山)
・ Ste. Catherine(聖カトリーヌ[シナイ半島にある修道院名。「聖カタリナ」とも])
・ Vin de Chateau(シャトー・ワイン)
・ Champenoise(シャンプノワーズ[発砲酒])

※最近はよくシャンパーニュ方式で作られたスパークリングワインにつけられる名前。AOC上「シャンパーニュ」と名乗れないためこう命名されるケース。

各々赤白ロゼや数種類ぶどう品種のワインがあると共にシェリーやベルモット等もあり、Distillery(蒸留所)という名前のとおりウイスキー、コニャック、ウォッカ等の生産もしています。ここのワインは自国内のヨルダン川流域で生産されたぶどうとともにパレスチナ自治政府が管理するヨルダン川西岸地区にある町ヘブロンやその北に位置するハルフルHalhulのワイナリーで育てられたぶどうも使用しており、エチケットの下の部分にはProduct of Holy Land (By EDC Wine Cellars – Jordan)とあるものと、Product of Jordanと表示されているものがあります。おそらく国産のぶどうのみの場合とパレスチナのぶどうを使用したものにより使い分けているのかもしれません。

そしてヨルダンワインとして名前が知られているもう1社というのがズモット醸造会社です。1954年にオマール・ズモット氏により設立されたワインメーカーで首都アンマンの南東にあるサハーブというアンマン県の群部都市にあります。ここのワインブランドは「聖ゲオルギウスSaint George – Grands Vins de Jordanie」で赤7種、白5種、ロゼ1種があるようです。

過去には異なる銘柄も発売されていたようですが、1962年頃から輸出を始めているようで最近ではこのブランドに統一しているようです。しかも2009年7月に日本のシェラトン都ホテル東京で審査があった第12回ジャパン・ワイン・チャレンジに於いて「Saint George — Shiraz 2007(赤)」「Saint George –Shiraz Reserve 2007(赤)」が銅メダルに入賞し、「Saint George –Gewurtzraminer 2008 (白)」はフランス・パリで行われた世界の名醸造家が集う国際ワインテイスティングコンクール「ヴィナリ・インターナショナル2009」で銀メダルでの入賞を果たしているようです。

こちらの会社もウォッカ、ウイスキー、ジン、ブランデー、アラック等も作っており、ワインに関しては最初のぶどう園はネボ山のあるマダバ県でぶどうの栽培をはじめ、次いでザルカ県より北でチュルケス人やアルメニア人等のコーカサスからの移民やクリスチャンの混在するジェラシュ県Jerashでシラーズやメルローの生産を行い、そしてヨルダン最北部マフラク県のシリア国境沿いにある町Sama as-Sarhanのサマ農場が現在メインの収穫元となっています。ズモット・グループのワイン醸造所はペトラワイナリーPetra Wineryと呼ばれますが、この3ヶ所の総称として言われているようで、どうも実際にマアーン県にある世界遺産の都市ペトラにあるわけではではないようです。

そしてこのズモット社のワインを調べているうちに次のような記事を見つけました。

『ほとんど知られていないと思われるが、ペトラワイナリーがオープンするまでヨルダン航空で提供されていた“Jordanian” と記載されていたワインはイスラエルのラトルンワイナリーのワインで、キリスト教修道士により生産されたものである。何故ならラトルンはヨルダンであった場所だからである』。

実はこのラトルンという町は現在イスラエルの実行支配下にあり、イスラエル中央地区に組み込まれ、州都ラムラから南東に14km、エルサレムからは西に25kmにある町なのですが、1949年の第一次中東戦争の停戦合意に基づくグリーンラインのパレスチナ側にありパレスチナ自治政府からイスラエルに対して返還要求がでている町でもあるのです。そして記事にあるように1948年から1967年までトランスヨルダン王国の統治下にあったことも事実なのです。つまりヨルダンが統治していたパレスチナの土地でイスラエルの占領されていたところで生産されたぶどうで作られたワインがロイヤルヨルダン航空の機内で振舞われていたのです。

ちなみにこのワイナリーはABBAYE DE LATROUNと呼ばれるフランス系のカトリック修道会・トラピスト会(正式名:厳律シトー会)が運営しているワイナリーで、前回紹介したパレスチナワイン・クレミザン修道会のワインを取り扱っているセーブ・ザ・オリーブSave the Olivesで来年以降にパレスチナワインとして輸入しています。以前はヨルダンワインとして売られていたワインがパレスチナワインとして日本に入ってきて飲めるというのも不思議なものですよね。


※この記事は、e-food.jpのメールマガジン「世界料理通信」2008年11月-2010年4月に連載されたコラムを加筆・訂正・更新したものです。


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