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2010年11月16日

西安 庶民の伝統食|シルクロードの料理

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目を引くとうがらしの赤い色

中国の中央に位置するシルクロードの東の拠点であり、唐の時代には世界最大の国際都市として繁栄を極めた長安=西安。現在も、エキゾチックな東西交易の文化の名残りを色濃く残す街です。そんな西安の巷をぶらぶらと歩き、市民の伝統食を垣間見てきました。

上写真は、西安市郊外の公園内にある、長安の時代のシルクロード発着地を記念したモニュメント。三蔵法師こと玄奘をはじめ、遣唐使の一人でありそのまま唐に骨を埋めた阿倍仲麻呂らがここから旅立ち、またここに降り立ったのかと思うと、感慨もひとしおです。

ちなみに、現在の西安の街は、かつての長安の9分の1ほどの面積しかありません(そのため、先のモニュメントの場所は今では郊外になってしまっています)。巨大な長安城のよすがも、今では明代に築かれた城壁を残す程度。特に最近は中国の経済発展に伴う高層ビルの建設ラッシュが始まっていて、古都らしい面影がますます失われているように感じました。

しかし、日本の京都もお手本にしたという、風水を取り入れた西安の碁盤の目状の市街地は、唐の時代から今も変わっていません。碁盤の目の都市は古代ローマなどにも見られるようですが、漢民族は東西南北のわかりやすいこの合理的な市街地計画に勝るものはないと信じているようで、先日開催された上海万博のパビリオン群も、万博らしからぬ碁盤の目の通りに建てられていたほどです。

と、それはともかく、もうひとつ、唐の時代から西安に脈々と存続するのは、西からやってきたアラブ人が伝えたイスラム教の文化。中心街近くにある、唐朝の頃742年に建立された中国最古のモスク・西安大清真寺は、イスラム教徒たちの安息地という役目を今も現役で担っており、モスクの周辺には回族(イスラム教を信仰する漢族)やトルコ系のウイグル族らによる清真料理店・食材店が店が連ねています。宗教は違っても同じ「門前町」なので、東京の浅草寺周辺の雰囲気に似ているなぁ、などと感じました。

西安でお世話になったガイドさんの奥様がイスラム教徒とのことで、いろいろとお話をうかがってみました。西安市区の人口約420万人のうち、イスラム教徒は約6万人(先日放送されたBS朝日の番組では5万人とのこと)。西安のイスラム街には、漢民族はお店を出してはいけない決まりがあるそうで、販売される肉(多くは羊肉。他に牛肉)は、すべてイスラム教徒用のハラールミート(中国語で"安全肉"というそうです(笑)。売り子の男性たちの中には、白い帽子を、また女性たちは髪を隠すためのスカーフを被っている人をよく見かけます。

というわけで、つい前ふりが長くなりました(笑)。以下が西安有数の観光地にもなっている、大清真寺周辺のイスラム街で見かけた料理の数々です。どうぞご覧ください。

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左写真は羊肉串=シシカバブ。スパイシーな味わいで、香ばしい炭火焼が食欲をそそるイスラム料理の代表格。西安イスラム街には大串から、焼き鳥よりも一回り小さい小串までさまざまなタイプの羊肉串の店がそろっている。

右写真は、アラブの砂漠生活に欠かせない、なつめやし(デーツ)。「伊拉克=イラク」と書いてある!イラクはなつめやしの一大産地だと聞いたことがある。西安とシルクロードでつながっていた、現在もイラクの首都であるいにしえの都バグダッドに思いをはせた。

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左写真は、野菜・ツミレ系の串焼き専門店。肉ばかりでは栄養が偏ってしまうというのは、中国らしい漢方の考え方だ(中央アジアやトルコで肉以外の串焼き店をほとんど見たことがない)。たれは、西安人好みの麻辣味。

右写真は、ナンの数々。ウイグルやウズベキスタン、そしてペルシャ、インドで欠かせない主食のパン。右側の小さな無味の白いナンは、後出の西安名物・羊肉泡莫(莫は、本当は食辺に莫)にも使われる。

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こちらが羊肉泡莫(ヤンルーポーモー)。まず先の小さな白いナンを、右写真のカップルがやっているように小さく小さく各自でちぎって、そこに薬用植物にもなりそうなさまざまなスパイス(あまり辛くない)・塩と一緒に煮た羊肉と春雨の熱いスープを注いで食べる。薬味は香菜、らっきょう。ちぎったナンに羊スープを注ぐ料理は、以前ペルシャレストランで食べたことがあるので、西域から伝わった料理を中国風にアレンジしたものかもしれない。

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イスラム街には羊肉泡莫の専門店がいくつかある。右写真はおみやげ用。すでにナンは細かくなってパッケージされている。

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イスラム街のおやつ。左写真は緑豆を使った練り菓子の数々。実はこのイスラム街で奈良の古代チーズ「蘇(そ)」の面影を探してみたのだが、ガイドさんいわく、この写真のように見かけが似ている豆菓子はあるけれど、牛乳を固めた食べ物は西安にはないだろうと断言。蘇はやはり、インド発の仏教伝来ルートから寺院を通して日本に入ってきたものなのだろうか。

右写真はイスラム街名物おやつ・揚げ柿もち。干し柿のような自然な甘さがとてもおいしくて、はまってしまった。

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左写真は、イスラム街で売られていた粉とうがらし。右写真はにぎやかなイスラム街の街角の様子。お店のネオンがきれいな夜の散策がおすすめなのだが、スリにはご用心(ウイグルから大観光都市・西安にやってきて、スリの手法も非常に狡猾なのだとか)。

ちなみに西安は山西省や内モンゴルと省境が近い。シルクロードと呼ばれるくらいで絹生産が昔から盛んだが、現在は内モンゴル産の絹、カシミア、パシュミナ製品が多く見られた。


さて、スパイシーな羊肉串や、ナンといったイスラム料理が漢民族の間でもポピュラーとはいえ、西安に古来から伝わるもっと土着的な料理といえば、やはり餃子や麺といった小麦粉料理でしょう。そして、西安らしい料理に欠かせないのが、とうがらしとトマト。そのため、西安には赤っぽい色の料理が多く、辛さはほどほどで意外と酸味が効いているのが印象的でした。

西安にはいろいろな種類の麺料理があります。日本では「西安刀削麺」がかつて流行って、今ではすっかり定着していますが、とうがらしがたっぷり入り、真っ赤な色で、ピリっとした辛さのスープが新鮮だったものでした(「おお、シルクロードの味よ」なんて当時は勝手に勘違いしていたけれど、実はとうがらしって南米が原産だったのですよね(苦笑)。日本では唐=舶来もの、という意味で名づけられたそうです)。

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刀削麺(左写真)自体は、西安のある陝西省の隣に位置する「麺のふるさと」山西省が発祥地。けれども「山西省よりも、西安の刀削麺の方が、麺がモチモチしているしおいしい」とは、地元・西安っ子の意見です。まぁ、京都の鱧(はも)料理よろしく、周辺地方の料理が大都会・長安に伝わって洗練されていったのは容易に想像できます。

***

では、西安・陝西省が起源の麺料理にはどんなものがあるでしょう。そのインパクトある名前に釣られて?私が現地でもっとも食べてみたかったのが、ビャンビャン麺でした。「陝西十大怪」(麻布七不思議みたいなものでしょうか)という陝西の奇っ怪な十の謎の中に、「陝西の麺はベルトのように太い」という項があり、まさにそれを具現化した麺なのです。実物はこんな感じ。

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極太麺というよりは、厚いワンタンの皮を重ねたように見えますね。お店で作り方を見学していたら、台の上でこねた麺生地を職人さんが手でうすく延ばし、ちぎってお湯を張った鍋の中に入れてゆでていました。日本にもビャンビャン麺と称した麺を提供する西安料理のチェーン店がありますが、もっと細麺で、食べ方もちょっと違うようです。

で、ビャンビャン麺を漢字で書くと、何と57画あり(上右写真)、もちろんパソコンのIMEでは変換できません。ガイドさんいわく、僕も書けないと...(笑)。ちなみに、中国語は日本語のようにひらがな、カタカナがないので、書けないような難しい漢字はローマ字を使うのですね。ビャンの漢字はウケ狙いで?誰かが当て字を作ったような気もしますが。

ビャンビャンは、ベルトのビュンビュンという音に由来しているのでしょう。もともとは陝西の田舎麺で、貧しい人々が食べていたものだそうです。三合一面というオーソドックスなスタイルの上記写真のように、とうがらしを大量にかけて食べるほか、訪れたお店では、しょうゆ味、トマト味など数種の汁から選べました。

麺は生地がモッチリ、汁も見た目ほど辛くなく肉と野菜の滋味があって、とてもおいしくいただけました。

ところで、西安の人はニンニクが大好きだそうで、街の食堂の各テーブルにはしょうゆやラー油の瓶とともに、房から外した皮つきのままの生ニンニクが常備されていました。麺の中に入れたりして食べるのかなぁなどと思っていたら、あらら、料理が出される前にみなさんおもむろにそのニンニクをかじっておりました。ドラキュラもびっくりですね(笑)。北京や上海ではこんな光景を見かけたことがありません。

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もうひとつ、有名な陝西独自の麺料理として知られているが、岐山麺。何でも3000年の非常に古い歴史がある手延べ麺だそうで、見た目がそうめんに似たコシのある細麺です。「紅、黄、白、緑、黒」の5色をちりばめた、酸味があって、とうがらし入りのピリ辛スープ。具は細切りした肉、にんじんなどの野菜で、見た目よりも意外とさっぱりした味わいでした。西安市内に「永明」「永豊」といったのれん分けした岐山麺の専門チェーン店があります。

陝西特有の麺料理にはほかに、旗花麺(小さな旗型に細かくカットした麺を浮かべたとうがらし入りの汁麺)などがあるそうです。陝西省は、山西省や山東省などとともに小麦の一大産地であり、現地で食べる麺のモチモチ感、小麦の香りもひときわ。機会があれば再訪して、さらなる独特の麺料理を食してみたいものです。

シルクロードの料理、続いては中央アジアのウズベキスタンへと移ります。



profile 著者:青木ゆり子 Author: Yurico Aoki

e-food.jp代表、各国・郷土料理研究家、全日本司厨士協会会員 調理師。主な著書:図鑑NEOまどあけずかん「せかいのりょうり」監修(小学館 2021)、「世界の郷土料理事典」(誠文堂新光社 2020)。

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