2010年08月08日

冷麺

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朝鮮半島の代表的な麺料理

奈良・平城京は、朝鮮半島の王国・百済と深い関係にありました。朝鮮半島の麺料理といえば、漢江を境に、南のカルクッス(うどん風温麺)と北のネンミョン(冷麺)が知られた存在。特に平壌の冷麺は、全州のビビンバ、開城のクッパ(温飯)とともに王朝時代の三大名菜といわれる逸品です。そこで本場の韓国・朝鮮で冷麺をリポートしてみました。

東京&近郊の冷麺のおいしい店リストはこちら

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南部のカルクッス(左写真)が小麦粉の麺なのに対して、北部では、昔は小麦が貴重品で、農業に向かない寒冷地や山岳地帯のやせた土地でもよく育つそば(英語でbuckwheat)が多く栽培されていました。したがって平壌冷麺にもそば粉が含有されています。

つまり平壌冷麺は、フランス・ブルターニュ名物のそば粉のガレットや、日本の信州そばと同じ経緯で(つまり、かつての貧しくやせた土地から)誕生した、一発逆転的な?健康によい逸品料理だったというわけ。

そばは、低カロリーで、ビタミンB1やB2、良質なたんぱく質(リジンをはじめとするアミノ酸のバランスがよい)が豊富な上、活性酸素を除去する酸化防止作用があるというルチンが含まれる健康食。だから、そば粉の冷麺は安心して?、ついスルスルと食べてしまいます。ちなみに、日本に大陸からそばが伝わったのは、奈良時代以前だそう。古代食だったのですね。

平壌冷麺

さて、平壌冷麺について。「朝鮮観光案内」(朝鮮新報社)には以下のように説明されています。


「そばは地元民の好物のひとつである。地方によって材料と作り方を異にするところからも味もおのおのの特色があるが、朝鮮のそばといえば、なによりもさきに平壌そばが頭に浮かぶ。そばを盛って汁をかけ、上に加味とコミョン(錦糸卵、糸唐辛子、梨の薄切りなど)をおいたどんぶりは、見ただけでも食欲をそそる。中でも平壌冷麺はしこしこと歯ごたえがあり、甘酸っぱくてさっぱりとした汁の味と後口のよさで広く知られている」。


冷麺の麺については、「朝鮮の料理書」(鄭 大聲著・東洋文庫)によると、以下のように作り方が説明されています。


「皮つきのそばを水でよく洗い、乾かしすぎないように適当に乾かして皮をはがす。一方、緑豆(でん粉が多く含まれている)の皮をはいだものを水で洗い、水を切っておく。そば五升に対して、水でふくらんだ緑豆をひとしゃもじずつの割合で混ぜながら臼でゆっくりとついて粉にする」。


ただし、粉の配分や何の食材から作ったでん粉を使うか等は、どうやら作り手により、またお店によりまちまちのようです。

また、鄭さんによると、麺にはおおまかに3つの製法、すなわち、

1.日本のそうめんや、中央アジアのラグメンのように手延べする
2.日本のそばやうどん、韓国のカルクッス、中国・山西省の刀削麺のように包丁で切る
3.先にたくさんの小穴があいたシリンダー状の容器から生地を押し出す

があり、冷麺は3の製法で作ります。この方法だと、そばのようなグルテンの少ない穀物でも麺状にできたという次第。いずれの麺製法も、文明発祥の地・中国北部の黄河周辺で誕生したものだといわれます。

「手打ち冷麺」を銘打っているお店には、シリンダー状の麺製造機が設置されていて、その場で生地をこねた後、押し出したばかりのできたて麺を食べさせてくれます。だからおいしいのですね!

また冷麺のスープは、牛・鶏をはじめとする肉や骨から取ったもの。甘味のついたスープがよくありますが、本場では、だしのコク味と塩分以外に調味料はほとんど使わず(「水冷麺」とはよくいったものです)、好みで少し酢を加える程度でおいしくいただけます。

世界一おいしい? 玉流館の平壌冷麺

では、「世界一おいしい平壌冷麺」、すなわち平壌冷麺の殿堂、究極の冷麺で名高い店は、平壌にある玉流館(オンリュグァン)だといわれています。玉流館の冷麺は、そば独特の香りを出すために実の皮をはがさず、またでんぷんをまったく混ぜずに打った麺(そのため麺が黒っぽい)と、コクのある肉と骨のだし(通常は牛肉、伝統的にはキジの肉と骨からとる)スープが特徴です。

玉流館は、かつて韓国の金大中元大統領がお気に入りだったほか、国内外の要人が訪れる迎賓施設としても知られたレストランなのですが、ご存知のように政情の問題等で、残念ながら日本から平壌になかなか旅行することができません。それに、たとえ旅行できたとしても、現状では旅行者の行動が厳しくコントロールされ、ツアーによって行くレストランが振り分けられていて、玉流館に食べに行ける確証がない模様。

しかし実は、平壌に行かなくても、中国の大都市や東南アジア各地、最近では中東のドバイに玉流館の支店が密かにあり、本場仕込みの冷麺が食べられるのです。支店に行く方が確実かもしれません。レストランには国の威信をかけて、優秀なスタッフ(公務員)を国から配属しているようですので、味は期待できると思います(ただし、支店によって味に多少ばらつきがあるよう。いずこも同じですが、現地人が実際に食べに行くお店なら間違いないと思います)。


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世界一おいしい冷麺と聞いて矢も盾もたまらず?、本店は無理でも、せめて平壌から最も近く、コリアンの人々が多く住み、本国出身者もお客としてよく訪れている中国東北地方の瀋陽にある玉流館の支店に冷麺を食べに行ってきました。

喜び組の女性たちがライブをやっているような、私にしてはかなりディープなお店で、入るのにも勇気が必要でしたが、えいやっ。これも本場の冷麺のためです(笑)。で、皮をはがさない黒色のそば粉麺と、肉の味がしっかりきいたスープは噂通りとてもおいしく、わざわざ食べに行った甲斐がありました。

ただ、世界一かどうかは好みがあるだろうなとは思いましたが...(個人的には、黒い麺のしっかり味スープよりも、東京でも食べられ、玉流館と双璧をなすともいわれる、高麗ホテル流の違うタイプ、すなわち、白っぽい麺とあっさり薄味スープの平壌冷麺の方が好みでした)。玉流館の麺はこんにゃくのような食感でしたが、冷麺の麺は出来たてでおいしく作るのが難しいそうですから、もしかすると本店の方がもっとコシがあって噛みごたえがあり、評価が違ってくるかもしれません。


しかしながら、上記はあくまでもマニアの"裏技"で(笑)、実質、普通に日本から本場に近い平壌冷麺を食べに行けるのは、韓国でしょう。冷麺は北部の食べ物であり、南部の韓国にはかつてほとんどなかったそうですが、今では韓国でも人気の食べ物になりました。

韓国ソウルで食べられるおいしい平壌冷麺

失郷民と呼ばれる、1950年代の朝鮮戦争による38度線での南北分断で故郷に戻れなくなった方が開いた平壌冷麺の名店(店名もそのまま「平壌麺屋」。こちらの冷麺はトップ写真)がソウル市内にあります。平壌で冷麺を食べ慣れた同じ失郷民の常連客いわく「玉流館よりもおいしい」という、同店を訪ねてみました。

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「平壌麺屋」は、かつて平壌の中心地の冷麺店で働いていて、失郷民となった初代が1985年に創業したお店とのこと。場所は、東大門歴史文化公園駅の割と近くで、「平壌麺屋」とハングルで大きく書かれた看板が目印です。お昼時、この日はやや汗ばむ気候も重なってか、車で乗り付けて来るお客を含めて行列のできる人気でした。

牛肉をだしに使ったスープと、そば粉にでん粉を混ぜた噛み切れるくらいの硬さの麺は、シンプルの極み。具は冬沈(トンチミ。水キムチの一種)と、焼き肉、梨、きゅうり、たまごだけで、キムチもヤンニョン(とうがらしの辛い薬味)もトッピングされていません。しかしながら、スープは煮て漉して冷やすまで10時間かけて作り、また粉全体の8割を占めるそば粉を店で挽き、皮の混ざらない白い粉を使っているため、普通の平壌冷麺より白っぽい色をしています。何気に手間がかかっているのです。

南部(韓国)の、とうがらしをたっぷりときかせた濃い味付けに慣れてしまうと、驚くほど薄味であっさり感じるのですが、よく味わって食べてみると、スープのコク味や食材の香り高さが楽しめ、さっぱりとしていて特に暑い日にはいっそうおいしく思えます。

今の日本には違うタイプのおいしい冷麺を出す店ができて、この味が世界一おいしい平壌冷麺に匹敵するのかどうかはわかりませんでしたが、ストレートな本場の味を堪能することができました。値段は8000ウォン(約600円。2010年8月現在)。

冷麺だけではちょっと物足りないのか、もうひとつのお店の名物であるマンドゥ(蒸し餃子)を一緒に頼むお客さんが多かったです。この冷麺とマンドゥの食べ合わせが北部ではポピュラーなのだとか。

このお店のほかに、同じく失郷民の方経営の「乙支麺屋」(金物屋街の奥にあるマニアックな店です)なども、本場らしい冷麺が名高い店です。いずれにしても、戦争で引き裂かれて故郷に帰れなくなった人々の、郷土の味を懐かしんで忘れまいと思う心が生んだ名店であるといえましょう。

咸興冷麺

さて、朝鮮半島では平壌令麺のほか、もうひとつ、同様に現北朝鮮領の街・咸興(ハムン、またはハムフン)式の冷麺がよく知られています。平壌冷麺の方が知名度は上ですが、コリアン冷麺のスタイルは、平壌、咸興のどちらかに大きく分かれます。

そば粉で作る平壌冷麺に対して、咸興冷麺の麺には、さつまいもの粉などのでん粉を使います。その弾力のある細麺は歯で噛み切れないので、普通は食べる前に麺をハサミで切っていただきます。お店の人が切ってくれることもあるし、ハサミを渡されて自分で切ることもあります。

ホンオ(=エイ)を骨ごとぶつ切りにしたフェ(=刺身)に赤いコチュジャンを和えた刺身冷麺(フェネンミョン)が、咸興冷麺の代表格。もちろん水冷麺や、コチュジャンをからめた汁なしのピビン麺も、咸興スタイルの冷麺の一種です。

ソウル市内の五壮洞(オジャンドン)には、この咸興冷麺の店が集まったストリートがあります。そのためか、聞くところによると、ソウルで食べられる冷麺のおよそ9割が咸興スタイルなのだとか...。


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ソウル・五壮洞の冷麺通りに冷麺を食べに行ってきました。訪れたのは、1955年創業の「五壮洞咸興冷麺」と、1953年創業の「五壮洞興南チッ」という、この通りの二大老舗。地元の人で大変にぎわっていました。

どちらのお店も、さつまいも粉のでん粉による灰色麺の咸興冷麺。弾力があるので、お店の人に麺をカットしてもらって食べます。

「五壮洞咸興冷麺」では水冷麺(左写真)をいただきました。スープには韓国にありがちな調味料は使っていないさっぱり味で、それはそれでおいしいです。ほかに汁なしピビン冷麺もあり、こちらもトライ。ほどよい辛さで、味の薄い水冷麺と交互にいただくのがベストかな、などと思ったりしました。

一方「五壮洞興南チッ」では、店のウリでもある刺身冷麺を。打ちたての麺と、甘辛いコチジャンをからめたエイの刺身がとてもおいしいです。日本ではなかなか食べられない希少価値感?もあって、さらに堪能できました。どちらのお店でも、平壌冷麺についてくるそば湯の代わりに、肉からとった出汁のスープ(ユクス)が食後に出ます。


日本でも、近年増えた、来日したニューカマーの韓国人が開いた韓国料理店で出す冷麺はほとんどが咸興式です。

また、1954年創業の盛岡冷麺の発祥店といわれる「食道園」の初代オーナーも咸興の出身者でした。ちなみにお店では平壌冷麺とうたっていますが、実質は咸興冷麺をもとに盛岡冷麺として発展させた、お店のオリジナルだと思います。

韓国オリジナルのどんぐり冷麺など

ほかに、韓国では、どんぐり(トトリ)、葛といった意外な食材の粉を使った冷麺や、豆乳スープの冷麺(コングクス)が誕生し、健康食としても人気を集めているようです。

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大阪・鶴橋の名を冠したトトリ(どんぐり)冷麺。スープの素も入っているので、茶色っぽい麺をゆでて、キムチや肉、たまごなどをトッピングすれば、家庭で手軽に韓国冷麺が食べられてうれしい。下左写真は実際に作ってみたもの。

韓国でもさまざまな冷麺パックが売られている。東京では大久保の韓国スーパーで輸入品(下右写真)を買うことが可能。


韓国・仁川の冷麺ストリート

ところで、韓国でいかに冷麺が好まれているかという例をひとつ、体験してきました。それは、ソウルの国際空港がある仁川(インチョン)の市内には、その名も冷麺通りという、冷麺専門店が集まったストリート。街の名所にもなっています。

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仁川の冷麺通りの入口。何と日本語表記の案内も!どの店がどこにあるかがわかるマップの看板も設置されている。

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たくさんの看板を掲げで各店が集客を競い合う。どの店がいいか迷ったときは、地元のお客さんがどんどん入っていく店を選んで決まり!

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後方の手の大きさと比べていただくとわかると思うが、仁川の冷麺ストリートの冷麺はとにかくボリュームが多くて、巨大!でも、おいしいので、きちんと完食できた(笑)。ちなみに左が水冷麺、右がピビン麺。


昼間に訪れるとややひなびた感じがするこの通りには、およそ10軒の冷麺店が軒を連ね、集客を競い合っています。およそ10年前に誕生したそうで、各店が「テレビで紹介されました」「達人の店です」といった、日本でもおなじみのセールストークを看板に掲げ、食事時にもなるとお客さんが集まってきます。

こちら仁川の冷麺ストリートのウリは、"たらい冷麺"といわれるほどボリュームが多いこと(日本でいうなら、さしずめラーメン横丁名物のジャンボラーメンといった感覚でしょうか(笑)。通常の1.5倍くらいあってびっくりしました。

またその製法は、ソウルと同様、おそらく咸興冷麺のスタイルを受け継ぐものだと思います。そして、小盛りなら1杯3500ウォン(約260円)からと値段が安いのも魅力。人気があるのがわかります。

***

ところで冷麺は、現地では昔は床暖房のオンドルの部屋で食べる冬の食べ物でしたが、現在では日本と同様に、暑い日に涼をとるのをかねて、夏に食べることも多くなったそうです。冷麺の専門店では1年を通して冷麺を食べることができます。

韓国に旅行したら、焼肉や韓定食もいいけれど、庶民に愛され続ける冷麺を食べ歩いてみるのもおもしろいですよ!

延辺冷麺

「冷麺はコリアンの人々のソウルフードである」。そう確信して、さらに足をのばし、国境をはさんだ中国東北地方に住む同じ朝鮮族(Chinese Koreanと称されることも)の人々の間では冷麺がどれだけ愛されているかを知りたく、実際に現地を訪ねてみました。朝鮮族ネットによると、中国の延辺にある自治州の名をとった延辺冷麺といえば、今や2010年に開催された上海万博でも人気を呼ぶほど、中国国内で知られた存在になっているようです。

今回、訪ねたのは、アメリカのロサンゼルスに次ぐ規模だという、中国東北地方最大の都市・瀋陽のコリアンタウン。で、冷麺はというと...?ちゃんとありました!いくぶん中国ナイズされて...。

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中心地は、瀋陽のある遼寧省の隣、先に述べた吉林省の自治州(といっても、今やその人口の半数以上が漢族なのだそうですが...)。半島北部からの流れで、冷麺の麺にそば粉のほか、地元特産のとうもろこしの粉や、中華麺を使うことがあるようです。また、スープは甘みがやや強く、こちらも中国人好みかも。瀋陽のコリアンタウンでは、左写真のような、とうがらし粉を大量にトッピングした冷麺を見かけました。

延辺冷麺は、ベースは一緒でも、その地になじんで中国化しているところがおもしろく、また高級な玉流館の平壌冷麺などと比べると、田舎風に素朴で、いかにも庶民的な冷麺という感じでした。

参照→瀋陽のコリアンタウンの冷麺
   →東京で食べられる延辺冷麺

***

以下は余談。

コリアンの人々は、これも国境をまたいだロシアの沿海州にも多く暮らしていました。彼らは1930年代にソ連のスターリンによってウズベキスタン、カザフスタンなどの中央アジアに強制移住させられ、現在に至るまでその地に根をおろして生活しています。

それで、後日、さらにウズベキスタンを旅してきました。現地ではもしかすると、羊肉やキャビアがトッピングされた、中央アジア・ロシアナイズされた冷麺が食べられるかしら、などと勝手に期待していたのですが(笑)、残念ながらウズベキスタンでは冷麺を見つけることはできませんでした。

その代わり、ソ連崩壊後に韓国政府が同胞としてサポートしたことでソウルに誕生した中央アジアのロシアン・コリアン街で、ちょっとおもしろい麺料理を発見しました。それは、中央アジアでポピュラーな麺料理ラグマン(=ラグメン。トマトベースの具入りソースをかけた小麦粉麺の料理)の中に、青ネギのトッピングなどコリアンの好みそうなアレンジが加えられていたことです。

参照→コリアン風のラグマン
   →韓国ソウルのウズベキスタン街

盛岡冷麺もいわば日本ナイズされたコリアン冷麺だと思いますが、次回、機会があればぜひ、韓国人移民の多いアメリカのロサンゼルスやニューヨークのコリアンタウンで、きっと大きくてハデハデにアメリカナイズされているかもしれない?冷麺を探してみたいと思っています(笑)。

シルクロードの料理、続いては、高麗王朝の宮廷料理についてお届けします。



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