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2010年03月01日

ニューヨーク・エスニックタウン探訪記2010

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都会でできるエコツーリズム

ニューヨークといえば、ご存知のように世界最大級の移民の集う街。いわゆるエスニック(ethnic)※と呼ばれる移民文化が花開いた発祥地でもあります(日本ではちょっと違ったニュアンスで使われていて、やや使いづらい言葉なのですが)。

さて、今回4年ぶり(通算38度目位)に、第二の故郷とうそぶく?かの地を訪れ、移民街=エスニックタウンにあるレストランを訪ねてきました。

ニューヨーク市内のエスニックタウンといえば、マンハッタンにあるチャイナタウンやリトルイタリー、コリアンタウンなどが観光客にも有名です。でも、地下鉄でちょっと遠出して、ガイドブックにはあまり紹介されないマンハッタン周辺のブルックリンやクイーンズ、ブロンクスなどにあるエスニックタウンに行ってみると、その国のミニチュア版ともいえる、さらに本物らしい生活感が体験できます。

しかも、近場にいろいろな国・地域の移民街が点在しているので、あちこち違う国を巡っているような異文化体験が可能。つまり、テーマパークのような作り物でない「リアルな」中国村、イタリア村、韓国村、ポーランド村、インド村...を1日で回れるというわけ。これが、ニューヨークに限らず、都市の中のエスニックタウンを訪れる最大の魅力です。車があれば、郊外のさらにディープなエスニックタウンに行くこともできます。

東京圏にも、大久保の韓国人街や、横浜の中華街、神楽坂のフランス人街などなど、同郷者が集い暮らす街がありますね。

ニューヨーク市のエスニックタウンのあるエリアの中には、以前は治安に問題のある場所もあったのですが、今ではかなり改善されて、昼間の大通りならだいたいどこへ行っても大丈夫になりました。

ニューヨーク市内には、東京をしのぐおよそ100カ国もの各国料理レストランがあるそうですが、本国出身のシェフが、その国の出身者向けに料理を作っている点で、東京以上に本物の迫力を感じます。インターネットが一般に普及しはじめた2000年あたりから、掲示板やSNSといったネットによる口コミで、マイナー国のレストランの情報が広まり、受け入れられるようになったのでしょうか。これまで移民の同郷者を相手にしていたのが、ホスト国である先住のアメリカ人のお客も増えて、レストラン数が増えていったようです。東京と似ていますね。

実際に、あちらに行くたびに各国料理レストランが増えているような気がします(もっとも、閉店する店も多いようで、移り変わりが激しかったり、不況のため、高級レストランが閉店していっているのも東京と同じなのですが)。

今回訪れたのは、ブルックリンの旧イギリス領(たとえばジャマイカ、バルバドス等)のカリブ人街、クイーンズの中南米人街および南米人街と、ギリシャ&東欧人街と、初訪問であるブルックリンのフルトン・ストリートとクイーンズのジャマイカ・アベニューという通りにまたがる、こじんまりとした中南米タウン。他のエリアや地図については過去のニューヨーク・エスニックタウン探訪リポートをご覧いただくとして、ここでは、フルトンSt.&ジャマイカAv.の中南米タウンについてリポートしたいと思います。

ここを選んだ理由は、今年6月に南アフリカで開催される予定のFIFAワールドカップに出場する国で、日本にレストランのない国の料理を中心に食べに行こうと思ったため。絞られたセルビア、スロバキア、ウルグアイ、アルジェリア、ホンジュラスの6カ国で、そのうち最初の3カ国は無事に制覇でき、アルジェリアはオーナーがアルジェリア人だというだけのようで、そういった店は日本の神戸にもあるのでパス。そこで、残るホンジュラスの料理店があるというこの街を訪ねてみた次第です。

クイーンズには、ジャクソンハイツの隣接エリアに、もうひとつ大きな中南米諸国のコミュニティがあるのですが、こちらはアルゼンチンやウルグアイ、メキシコ、コロンビア、エクアドルといったラテンアメリカの比較的メジャーな国の移民街。一方、フルトンSt.&ジャマイカAv.の方は、エルサルバドルやパナマ、ガイアナ、スリナムなど、同じラテンアメリカでも、中米を中心に集まる国がちょっと違っていたのがおもしろかったです。

街の雰囲気も、同じ地下鉄の高架線下に開けた街でありながら、後者の方はいっそう下町的というか、50年前とほとんど風景が変わっていないのでは?と思うほどひなびた感じ(時々、Chinese & Japaneseなどと書かれた古めかしいレストランなどを見かけます)。東京に来た旅行者が、いきなり墨田区や葛飾区の境界にでも連れて行かれたような(笑)、ディープな雰囲気です。で、両ラテンタウンの雰囲気の違いは、母国の経済状況を反映しているのかな、などと思い巡らしました。

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庶民的な雰囲気のフルトンストリート。右写真はクイーンズの南米人街にあるアルゼンチンのパン屋さん。別に観光地でも何でもないのだが、店先にタンゴが流れていたりして、母国らしさをかもし出していた。


さて、肝心のホンジュラス料理レストランですが、残念ながらすでにクローズしていました(もう一軒、スタテンアイランドにあると聞いていたのですが、寒い中フェリーに乗るのはしんどそうとしり込みして、惜しくもパス)。同時に探していたスリナム料理店も中華料理店に変わっていました。やはり、お店の移り変わりは激しいのでしょうか。

そこで、せめてもと思い、ホンジュラスの隣国であるエルサルバドル(サルバドル)料理のレストランに入ってみることにしました(こんな風に臨機応変に対応できる点が、その国のレストランが集まったエスニックタウンのいいところです(笑)。サルバドル料理は日本ではまったくといっていいほど無名ですが、ニューヨークをはじめ、全米各都市にけっこうな数のサルバドル料理レストランがあるようです。

同郷人が集うこちらのレストランは、サルバドルを代表する料理ププーサ(pupusa。トップ写真)の専門店で、ププーサリアと名乗っていました。ププーサは、チーズや豚肉、ほうれん草などの野菜、豆などのお好みの具をとうもろこし粉のパンではさんで焼いたスナック。メキシコのトルティーヤや南米のアレパにも似た、まるで中米版「おやき」のようなププーサは、たっぷりのチーズと、とうもろこしの粉の味が香ばしい、日本に持ってきても人気が出そうなおいしさです。

店ではほかに、タマーレス(メキシコなどにもあるが、サルバドル版タマーレスは、とうもろこしの葉に甘いとうもろこしの粉を練った具などをはさんだもの。他にも種類あり)などをいただきました。

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ププーサを売りにするサルバドル料理レストラン。右写真はサルバドル版タマーレス。


ちなみに、セルビア料理店はマンハッタンのイーストビレッジに(あちらでお会いした、私が勝手に「師匠」と仰ぐ各国料理の大家でレストラン批評家のR・シエツィーマ氏いわく、他にもっといいセルビア料理店があると教えていただいたのですが、宿泊先から近かったのでこちらに)、スロバキア料理店はクィーンズのアストリアに、ウルグアイ料理店は先のクィーンズの南米人街にあります。

上記のようなエスニックタウンではほかにも、日本ではなかなかお目にかかれない国のおもしろい料理を、手ごろな価格で食べ歩くことができます。エスニックタウンはパリやロンドンなどヨーロッパの大都市などにもありますが、これらは旧植民地諸国に偏っていて、バラエティな国数の料理でいえば、カナダのトロントよりも、オーストラリアのメルボルンよりも、やはり、100年以上もの移民の歴史があり、たいまつを掲げて彼らを迎える自由の女神のお膝元・ニューヨークが一番だと思います。

ところで、ニューヨーク、東京など都会のエスニックタウン(もしくは地方色を重視した各国料理レストラン)をめぐることは、地球上のさまざまな地域文化に触れて、学びながらそれらの独自性に尊重をうながす点で、エコツーリズムの一種ではないかと個人的には考えています(それに似た、エスニックツーリズムという学術用語もあります)。ホエールウォッチングが目的にするような、現状の自然の環境保護を横糸とすれば、人類が築いてきた文化・伝統を知り、大切にしていくことはその縦糸であり、両者が紡がれて「地球にやさしい」真のエコロジー(エコ)が織りなされるというわけです。

たとえば食べものなら、自然農法の野菜や酪農品を、単に日々を健康に過ごすために摂取するのと、「先人の残した伝統」を念頭に食事をいただくのとでは、同じエコでも、大地の恵みに感謝する深みも、食べることへの喜びも、まったく違ってきますものね。

さて、そんな文化的エコツーリズム、本当は各々の国を旅できればよいのでしょうが、時間も予算も、そして気合も(笑)必要で、普通に働いている一般の方にむやみにおすすめできません(ましてや、こんなに珍しい場所に行ったとか、こんなにたくさんの国を訪れたといった紀行文は、単なる自慢話になりかねませんし...)。

一方、都市の中のエスニックタウンめぐりは、都会にいながら、誰でも比較的気軽に楽しめます。ですので、初心者の方は、最初はこういったエスニックタウンをいろいろと訪れてみて、興味を持った国があればあとでゆっくり本国を旅行するのが無難だと思います。

というわけで、ニューヨークを訪れる食べもの好きな方や、世界各地の文化、とりわけ食文化について学びたい方には、ぜひエスニックタウンめぐりをおすすめしたいですね(もちろん最初は、初心者向けのマンハッタンのチャイナタウンあたりから始めるのがよいでしょう)。

何せ、ニューヨークの有名レストランである「ノブ」も「ユニオンスクエア・カフェ」も「グランドセントラル・オイスター・バー&レストラン」も、今では東京に支店ができ、日本にいたって行けるのですから!

参照
→過去のニューヨーク・エスニックタウン探訪リポートと地図


※ここでいう"エスニック"(本来は民族の、の意味)は、体験する側が政治的・経済的に優位に立っていることが多い限定されたエリア(たとえば日本で広くイメージされている、"辛い料理を食べるアジアの国々"といった狭義に湾曲された意味)ではなく、エスニックタウン=移民街の意味で使用しており、広く世界中を範疇にしています。


profile 著者:青木ゆり子 Author: Yurico Aoki

e-food.jp代表、各国・郷土料理研究家、全日本司厨士協会会員 調理師。主な著書:図鑑NEOまどあけずかん「せかいのりょうり」監修(小学館 2021)、「世界の郷土料理事典」(誠文堂新光社 2020)。

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